 
					箱根強羅のバンケットハウス『Casa di En 宴』オーナー兼シェフ・並木利夫さんからのご依頼を受け、10月27日ディナーパーティーでの箏演奏をさせて頂きました。
お客様は箱根の美術館等の視察ツアーで、米ニューヨークから来日されたメトロポリタン美術館関係者ご一行。
並木さんは、選び抜いたこだわりの食材で至高のイタリアンを提供する『一期一会のおもてなし』のスペシャリストです。

建物にもこだわり満載で、造形的日本建築とモダンなデザインが融合された素晴らしい空間となっています。

7月に会場の下見に伺った際、並木さんは冗談とも本気ともつかない口調で「大鼓(おおつづみ)の人間国宝にも出演依頼をしてみる」と仰っていました。
私は半信半疑で聞いていたのですが、まさかの展開に!
能楽囃子大倉流大鼓方、重要無形文化財保持者(人間国宝)大倉正之助先生が本当にいらっしゃると言うのです。
「大鼓と箏で何かコラボ出来るよね?」と言われて、内心「うわ~!どうしよう!何が出来るかな?」と思いつつも「はい」と返答。
自分の能力以上のことは出来ないのだから気負わずにいつも通りやるしかない、と腹を決めました。
しかしその後、並木さんからは具体的な演奏への注文(どのシーンで何分くらい弾いて欲しい等)も無く、何をどう準備して良いものやら・・・?
ここまで「良きに計らえ」的なお仕事は初めて。これはもう自分の実力勝負!如何なるパターンが来ても対処出来るようにイメージトレーニングをしてみるものの、何となくソワソワした心地でおりました(^^;)
そして迎えた当日。

16時に会場入り。駐車場に入ると仙人のような風貌の方に遭遇!
親切に私の車を誘導して下さったこのお方は、古武道歴74年の風武流宗家「土居清」先生という人物でした。
飄々としていて、柔和な表情を浮かべつつ淀み無く色々なお話をされる、とてもチャーミングな方です。
今回、土居先生の仲立ちにより大倉先生と並木さんが繋がったということのようでした。聞けば本日の大本命、大倉先生はお連れの方と強羅散策にお出かけになっているとのこと。
う〜ん、流石は大物。本番前に打ち合わせや練習等をするだろうと考えていた私は拍子抜けです(^^;)
大倉先生のご同伴者は映画監督『川瀬美紀』さん。お二人はつい10日程前まで公演の為、フランスのパリにおられたそう。
パリで高評を博した新作能「長崎の郵便配達」は、川瀬監督が長い時間を掛けて取材し制作した同名のドキュメンタリー映画を基に、大倉先生がお能として書き上げた作品。
長崎で郵便配達中に被爆した故・谷口稜嘩さんと、元英国軍人で作家の故・ピーター タウンゼントさんの交流を題材に、お能らしく谷口さんとピーターさんが「霊」となって青年の前に現れ、戦争が招く悲劇、生きることを諦めない心や平和の尊さを伝えるストーリーとなっているそうです。
そしてこの演目は来春、アメリカでも上演予定だそうです。
国内では主に九州地方で上演されており、是非関東でもやって頂きたい、拝見したいと思いました。

お二人がお戻りになりご挨拶を交わした後、大倉先生は「何か一緒にやりましょう。あなたがいつも弾いているものでいいですよ。間をたっぷり取って弾いても構いません。好きにやってください。何でも合わせますから。」と仰います。
そんな口約束のみ交わし、ディナーパーティーがスタートする19時までは大物お三方の談義に耳を傾けておりました。

その後私はウェルカムミュージックとお食事歓談中のBGMを、適当に一時間ほど流し演奏。
20時、いよいよショータイム!
まず大倉先生がご自身のオリジナル曲を独奏されました。

その気迫あるお声と大鼓の音色に、会場の皆が釘付けです。私も勿論引き込まれて凝視!
その後、私も呼ばれて楽器の前にスタンバイ。
大倉先生が私の方を見て「で、何を弾くの?」とお聞きになり、私は咄嗟に「六段です」と申し上げました。
「六段ね。知らないけど、やってみましょう」と仰います。(やっぱり専門外の音楽はご存じないのですね(^^;)
実はお能を題材とした「羽衣」という、筑紫歌都子作曲の曲も準備していましたが、大倉先生の生演奏を聴いていて羽衣では無いな・・と思ったのです。
大倉先生が大鼓を静かに鳴らし始め、私も間合いを見計らって弾き始めます。
初段の中程でテンポを上げ、二段は飛ばし、先生の気配を感じながらちょっとタイミングを合わせてみたり、ニューヨーカーの気持ちを引き付けるべくやや激し目に弾いてみたりして・・。
いつ終わるのかな~と思いながら大鼓を打っておられるであろう大倉先生に、六段の最後の緩みをはっきり伝えるべくこちらの気配を大きく出し、文字通りのぶっつけ本番を終えました。
大鼓とのセッションは人生初でしたが、演奏中はとても楽しく幸せな心地でした。
それは勿論人間国宝の大きな大きな器に支えられてのことであり、このような貴重な経験をさせて下さった並木さんには感謝しかありません。
その日は夢見心地で家路に着きました。