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【とこ湘Blog】読書日記その3 闘鶏小説「コックファイター」チャールズ・ウィルフォード

投稿日:2020年9月15日
鶏

こんにちは! とことこ湘南編集部Yです。

これまでも時折読んだ本のことをここに書いていたのですが、突然3からナンバリングを始めてみました。
最近読むペースが落ちているので(スマホのせいです)、自分を奮い立たせるために…。
別にゆっくり読めばいいじゃないかという話なんですが、買うペースの方は落ちていない、というのが難儀なところなのです。

先日、読み終わったのが「コックファイター」(チャールズ・ウィルフォード著・扶桑社刊)

※ボロボロですみません。鞄で持ち歩いていたら…

1960年代のアメリカ南部。フランク・マンスフィールドはプロの闘鶏家だ。生涯の目標である最優秀闘鶏家賞のメダルを手にするまでは、誰とも口を利かないという沈黙の誓いを立てて、闘鶏に文字通り命を懸けて生きてきた。
サシの勝負で敗れ、最後の鶏まで喪って文無しになったフランクは、復活を期して再び動き始めるが…。乾いたユーモアと血腥い戦いの美学に彩られたこれぞ「男」のノワール。R.コーマンの伝説的カルト映画原作にして巨匠最大の問題作が、遂に邦訳なる! (裏表紙のあらすじより)

 

…というような話です。

“これぞ「男」のノワール。”なんて言われたら読まざるを得ないのですが、読後の印象としてはノワールというよりピカレスクって感じかな?と感じました。
主人公が精神的に強くて最後まで特に大きくブレない点などが理由ですが、ノワールにはっきりした定義も無いと思うのであくまで個人的な感想です。

冒頭、主人公・フランクが雄鶏のくちばしに剃刀で浅く傷をつけているシーンから始まります。「何やってんだろ?」と思い読み進めていくと、闘鶏の試合で観客たちにひびの入ったくちばしが弱点になり負けるのではないかと思わせて、賭け率を上げたかったのだとわかります。

この時点で「嫌だな、読みたくないな…」と思われても無理からぬことで、訳者あとがきでも「闘鶏そのものや作中のモラル描写など、現代とそぐわない部分は枚挙に暇がないだろう」とあるように、人間のエゴで動物を戦わせる競技に心理的抵抗はあって当然です。
そして現在のアメリカでは、闘鶏は動物虐待と賭博がつきものであることから既にすべての州で禁止されています。
それでも、この小説の魅力は何といっても「闘鶏」がテーマである点にあります。
現在ではその野蛮さも含めて完全に失われてしまった風景であるからこそ、鶏の育て方、調整、闘鶏家の日常、闘鶏の試合の空気感など読み手のこちらが知らない描写が一々面白く、また文化的資料としても価値があるんじゃないかと思います。

とは言え…そうして作品として割り切って読んでいた私でさえ、目をそむけたくなる描写も実際、あります。
というかここまで読んでいて「う、うわぁああ~」となったのは学生時代読んだキングの「ミザリー」のショックシーン以来です。(ああ、アフリカ!)

ストーリー半ば、フランクが雄鶏の闘志をテストするシーン。
作中の闘鶏仲間ですら涙目になっているので、闘鶏としてすらアウト、相当酷い行為であることが伺えるのですが、本当に読んでいてキツかった。いくら何でもにわとりにあんな事を…(涙)

その時点で一回、「やっぱりこれはブログでは紹介するのはやめよう」と思ったのですが、読み終わってみたらやっぱり最近読んだ中ではかなり面白い方だったので書くことにしてしまいました。

闘鶏家、闘鶏愛好家たちが闘鶏の持つ魔力に魅入られ、他のすべてを犠牲にしてのめり込んでいく姿は空恐ろしくもあり、どこか羨ましいようなところもあり、見ものです。

そんな訳で、お読みになる際にはちょっとした覚悟をお願い致します。
私自身動物が好きなので少しセンシティブになりすぎかもしれませんが…(にしたってあのシーンは酷い!!)

さて、ここから私が凄く良いと思った場面についてお話したいのですが、これが終盤も終盤、おそらく一番いいシーンでありオチに当たる部分なので、ぜひ本編を読み終わってからご一覧いただけると幸いです。
というか本編を読んでいただくのが一番なので、ここから先はもう必要ない様なものなのですが……一応書いておきます。

鶏2
※ネタバレ防止のための鶏画像

 

【ここからネタバレ話】

主人公・フランクは32歳。前述のあらすじにもあるように、アメリカで最高の闘鶏家を意味する「最優秀闘鶏家賞」を手にするまでは決して声を出すまいと、無言の行を行っています。

実は故郷に婚約者を残しているのですが、彼女・メリーは29歳の女教師。
フランクにも各地を転々と放浪するような闘鶏家業はすぐにでもやめて、故郷で固い仕事について欲しい。いい加減結婚して落ち着いて欲しいと願っています。

お互い愛し合ってはいるのですが、フランクは行く先々で出会った女性とも懇ろになるなど誠実な結婚相手とは言えない調子な上に、本当は喋れることを隠して一切喋ろうとしないというオマケつき。
メリーは「今日のダービーでは4・3で勝った。愛しているよ」というような手紙にほとほとうんざりしています。

ついに不満を爆発させたメリーに対し、フランクは自分が今までどんなひどい仕打ちを彼女にしてきたか反省。
今まで闘鶏を実際には一度も見たことの無い彼女を「最優秀闘鶏家賞」を決める一戦に招待し、「自分が勝ったら受け入れて結婚してくれ。ただし負けたら闘鶏からは金輪際手を引いて、言う通りにしよう」という手紙を送ります。(この時点でどうなの!?と思う方もいるかもしれませんがこの先もっと凄いので少々お待ちください)

試合運びは互角ながら、最終戦でフランクの鶏は対戦相手の鶏と殆ど差し違えるようにして勝利。その命を犠牲にします。
本作のクライマックスはまるでロッキーのような展開にも見えますが、試合に足を運んでくれたメリーは、エイドリアンとは違いフランクの勝利に顔を青ざめさせます。
そして彼を強い口調で糾弾し、別れを告げるのです。

そんな彼女に対しフランクは…

なんと、先ほど試合で勝利した自分の鶏の死体から首をちぎり取り、彼女に差し出します。

初版ではここでフランクは「俺の心をおまえに」と作品内で唯一の言葉を発したそうです。
現在は削除され、また、フランクが言葉を発する場面は別に存在しているのですが…

この初版のバージョンは非常に良かったのではないかと私は思います。

差し出された鶏の首は、フランクにとっては文字通りの自分の心そのものの象徴です。
闘鶏にすべてを捧げた自らの人生と、ボロボロになりながら命尽きる時まで戦い抜いた鶏の首はイコールで繋がれていると言っていいでしょう。

でもメリーからしたら、色々な意味で「いや、いらないから!」の一言に尽きますよね。
この場面で死んだ鶏の首を渡されて喜ぶ女性というのは中々想像が出来ません。
それでも、フランクからは他に彼女に捧げることができるものは何一つないんですよ。
彼がひたすら求めてきた「賞」という栄光ですら、彼女には一分の価値も感じられるものではないですから。

男女の差、というより、「ある”世界”の魅力に取り憑かれてしまった人」と、それを「外から見るしかない周囲の人」との断絶ではないかと思うのですが、絶対に超えられない一線が両者の間に引かれてしまっている様子がこの1シーンではっきりと見て取れて、それが悲しく、切なくもあり、それでいて余りの分かり合えなさが滑稽で笑っちゃう感じもあり、非常に良い場面だと思いました。

ネタバレ話は終わりです。長々とお付き合いいただきありがとうございました!
最後に、同作が気に入った方にオススメしたい関連作をご紹介させてください。

 

◆(私が勝手に思う)関連作品◆
チャールズ・ウィルフォード「拾った女」(小説)…本作の作者によるノワール。ハッとさせる鮮烈なラストが印象深い。コックファイターが気に入った方にも、逆に闘鶏が引っかかって読めない方にもお勧めします。
・阿佐田哲也「ドサ健博打地獄」(小説)…同氏の代表作「麻雀放浪記」から殆どのストーリー性を取り去って博打要素だけを濃縮したようなハードコア博打小説。のめり込む人たちへの目線が「コックファイター」より更に酷薄。
・デイミアン・チャゼル「セッション」(映画)…闘鶏にあたるものがジャズ。主人公とそれを見つめる周囲の人の断絶が切ない。
モーガン・スパーロック「スーパー・サイズ・ミー2:ホーリーチキン!」…2000年代に話題になった「スーパー・サイズ・ミー」の続編、2019年公開。現代アメリカの鶏(食肉用)を取り巻く問題色々。amazonプライム会員の方は無料で見られるので是非。

(Y)

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