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【とこ湘Blog】「〇」が消えたら…

投稿日:2020年4月21日
tutui02
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長谷川書店さんが提案されている「お家で読書」に倣い、いつもは専ら通勤の往復時間を読書にあてているところを、ここ最近家にいる時間にじっくり読んでみるようにしています。

少し遡って、神奈川県内に緊急事態宣言が出されたころ、町中は往来する人の姿もぐっと減り、同宣言を機に自粛を決めるお店も少なくありませんでした。
もちろんウイルスの収束を目指すために必要な事なのはわかっていますが、身近な個人店から大型の施設まで、ポツリポツリとシャッターが閉まっている風景は理屈抜きに寂しく、櫛の歯が欠けたような景色で何か思い出すなと頭に浮かんだのがこの本でした。

残像に口紅を

筒井康隆さんの「残像に口紅を」(中公文庫)。
ウイルスや戦争、エイリアン襲来といったジャンル映画的なものとは一味違った理由付けで、一種の終末世界を描いています。

裏表紙の惹句、

「『あ』が使えなくなると、『愛』も『あなた』も消えてしまった」

が非常に端的で、要は物語が進むにつれ、世界から一音、一音、日本語を構成する50音がランダムに消えていく。そしてその音を利用しないと表現できない物は世界から存在が消えてしまう、という設定です。
音がついに10個程度になってしまう最終盤を除けば筒井さんが得意とするドタバタ感による笑いは控え目で、特に序盤は音の消失、存在の消失がもたらすうっすらとした悲しみを淡々と感じます。

始めになくなるのは「あ」。その次に「ぱ」がなくなります。
この時点ではまだまだ文章には何の不自然さも無く、2音が消えていることなど作中で言及されていなければ気が付かずに読んでしまうくらいです。
特に「ぱ」なんてこの文章内でも使わずこの段落まで来れてしまったくらいで、「無くてもしばらく影響なさそうな音だなぁ」と思って読み進めるのですが、主人公が駅前の商店街を歩いていると、花屋の隣のいつも見掛ける店の看板が消えており、店内にはがらんとした商品棚と困惑気な顔の店員さんだけが残っています。
そして辛うじて棚に残っているクロワッサン。

「パン」が消えてしまったのです。
消えてしまったものは記憶からも失われていくため、主人公は朝、炊飯器からご飯をよそって朝食を取りながら、奥さんが冷蔵庫から出したジャムを見て困惑します。「ジャムなんてものを飯に付けて食えるわけでもないのに」。こうしておそらく毎朝の習慣だったパンのある日常は、元からなかったことになってしまいます。

あっ、そうか「ぱ」が無くなると「パン」がなくなるのか! と衝撃を受け、同時に「ぱ」が失われることの重大さに対して自分が随分無自覚だったことに気付きました。

同作内では上記の消失以外には大きな出来事は起きず、物語より設定そのものと主人公の心理の動きが中心となっています。

「でも、あいうえお以外は母音と子音でできてるけど、『あ』が消えても『か』や『さ』は消えないの?」
「じゃあ『し』が無くなったら『心臓』が消えて、全人類死んじゃうわけ?」

という、グレムリン2に出てきた前作に疑問を呈する人たちによる「じゃあ食べ物を食べながら日付変更線を超えたらどうなるわけ?」の様な、設定への細かい突っ込みだらけになってしまわないために、主人公は自らが置かれた状況に自覚的な作家で、序盤に作中で編集者と「じゃあこれはどうなるの」「こういうことにしよう」と堂々とかなりの文章量を使ってルールの確認をしていきます。
こうしたかなりメタ的な構造で、この話が虚構であることにも繰り返し言及されます。

今回読み返して思ったのは、この「小説はそもそも虚構である」ということ自体が大きな仕掛けなのではないかということです。

作品内では次々に言葉が失われ、章の初めには

「世界から『あ』と『ぱ』を引けば」
「さらに『す』を引けば」

終盤には

「さらに『こ』を引けば、残る音は『い』と『か』と『た』と『つ』と『だ』と『の』と『ん』である」

という形で残りの音が宣言されてから話が始まります。
どんどん文章は不自由になり、個人名で表現されていた人たちは「妻」「男」と概念だけが残ったぼんやりした存在になってしまったりと、話が進むにつれ、読んでいても世界が狭まっていく閉塞感を感じ出します。

ですが、言葉が無くなっているのはあくまで小説世界のことであり、読了後顔を上げれば、すべての音が戻ってくるのです。
そこにはいつもの当たり前の世界が広がっていることに、改めて掛け替えのない価値を感じました。

今の私たちの町の現状としても、お店は閉まってはいても失われてしまったわけではないですから(残念なことに閉店されてしまったお店もありますが…)本の世界から顔を上げて現実に戻ってきたときの様に、何もかもが戻ってくる日を心待ちにしたいと思います。

さて本の話に戻って、同作はかなり変わった作りですが、面白いので気になった方はぜひ読んでみてください。
タイトルの由来となっているシーンは意外なほど序盤にやってきて、それでいてとても美しく、切ないです。
単純に「これ以上言葉が減って、どうやって書いていくんだろう…」と思いながら読んでも楽しいですよ。

気に入った方には同じく筒井さんの作品では自薦短編集がたくさん出ているので、その辺に進んでいくと楽しめるかと思います。私が特に好きなのは

短編
「薬菜飯店」「最後の喫煙者」「暗黒世界のオデッセイ」
長編
「馬の首風雲録」「おれの血は他人の血」

なんかです。
そもそもの出会いが小学生の頃、夏休みの帰省中に「心狸学 社怪学」を読んだことで、もしかしたら私の情操に良かれ悪しかれなんらかの影響があったかもしれないのですが…。良しとします。(Y)

 


 

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